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あれから半月もの時間が経ってしまったこと。その後の腰痛もまたたいへんな辛苦だったこと。この二つによって大分印象が薄まってしまいましたが、精神的な絶望感ということも含めて言うなら間違いなくこれまでの人生で最も辛い出来事でした。それがよりによって旅の道中で起こるとは。
あの夜のことを振り返らないわけにはいきません。健康と平穏を取り戻し、漸く振り返る余裕が出来ました。忘れもしない1月21日。風邪をひいてしまって三日目の晩のことでした。

簡単に言うと、痰と鼻水が止まらず一睡も出来なかったのです。頻繁に痰を吐き出しうがいをし、鼻をかみ続けなければいられなかったので、洗面所から寝床に戻ったかと思えばまた数分と経たずに洗面所へ行き、寝床と洗面所の間を何十回を往復しているうちに朝になりました。これだけでも十分に辛いのですが、問題は、前の晩もほぼ一睡もしていなかったことです。前夜は熱が出た初期だったせいなのか、布団を掛けると暑い、剥ぐと寒いという状態で、しかもその感じ方が極端で、やはり朝までほぼ全く眠れなかったのです。
痰もさることながら鼻水が実に厄介でした。単に鼻水が溜まっていって頻繁に鼻をかまなければならないというだけでなく、鼻水が薄くじわりと鼻の中全体を覆ってしまう状態です。これによって鼻の内壁同士がくっ付いてしまい、鼻による呼吸が出来なくなります。痰と合わせて全体的に呼吸が苦しいのです。この症状が面倒なのは、上半身を起こしていれば比較的楽になれるのですが、横になると辛いということです。激しい痰と鼻水、熱、このような呼吸の苦しさ、それに加えて二日続けての徹夜です。既に身体は極限の状態でしたが、眠りたいのに眠れないという悲しみ、絶望感に精神もどんどん追い詰められていきました。

眠くて、眠くて、すぐにでも後ろに倒れてしまいそうな程に眠くて。
眠りたくて、眠りたくて、それだけが全てで、誰にも邪魔されない寝床が目の前にあって、自由な時間があって。
それなのに、眠れない。
何故こんなことになるかのか。これは一体何なのだ。理解が出来ない。意味が分からない。
横になるとやはり呼吸が苦しくなり、数分といられません。上体を起こして寝床で胡坐をかき、私は絶望の暗闇の中でただ茫然と佇むしかありませんでした。頭の中を支配する絶望の間隙を縫って、やがて人生でこれまでに一度も思ったことのない考えが湧き起ってきました。
まず浮かんだのが、救急車を呼びたいという思いでした。呼ぼうか呼ぶまいかしばし逡巡しましたが、しかしこれはためらわれました。電話を掛けて、服を着て、最低限の身の回りの物を持って、救急車が到着するのを待ち構える。それだけの大仰なことをする体力、気力がもうなかったのです。そんな面倒な事がとても出来る気がしませんでした。それならばこの絶望的な状況のまま朝を待った方がまだましだと思いました。
次に考えたのが、もし覚醒剤が目の前にあったなら、今ならば手を出してしまうかも知れないということでした。今思えばばかばかしい妄想ですが、そんな事を真剣に考える程に平常を失っていたのです。この出口の見えない苦しみから救われるのであれば、それもまた一つの正義ではないかというあの時の思いは少なくとも間違いでないと今でも思っています。それから、もし自殺したらこの全ての苦しみから解放されるのだろうなと考えました。これも同様です。先だって身を投げた同宿者の顔が浮かびました。自殺をしてしまう人の気持ちが、ほんの少し分かったような気がしました。が、これらはやはり現実からは遠い妄想に過ぎませんでした。しかし普段はこんな事は考えることすらしないのですから、そこにこの夜一歩だけ近付いたことだけは事実です。

精神が次第に混濁していき、寝静まっている周囲を憚らず叫び声を上げそうになりました。しかし何とかそこに至らずに済みました。救いの一手を思いついたのです。私は丑三つ時のシャワー室に駆け込みました。
鼻の苦しみからも喉の苦しみからも解放され、温かい湯で精神を癒され弛緩して、これぞ砂漠の中のオアシスでした。時折痰を吐き出し鼻をかむ以外は殆ど動かず、とても止める気が起こらず、いや止められず、立ったまま無心で二十分か三十分湯を浴び続けたでしょうか。しかし残念ながらオアシスは永遠には続きませんでした。極度の眠気から時折意識が飛びます。このままではやがて後ろに転倒して大怪我をしかねません。頭の片隅に僅かに残った理性を奮い立たせてシャワーの湯を止め、寝床に戻りました。
しかし寝床に戻るということはまた絶望の暗闇の中に戻るということでもあります。私は恐怖しました。そこでベッドの電灯を点けたまま横になりました。普段寝る時は電灯が点いているのが嫌で、真っ暗闇にして寝るのが好きなのですが、そんな私の心の中に暗闇に対する恐怖心が生まれたのです。精神的な暗闇が物理的な暗闇に投影され、恐怖の対象が拡大していったのです。そしていつもとは全く逆の行動に出た、出ざるを得なかったのです。
しかし電灯の明かりとシャワーを浴びたことで少しは状況が良くなりました。この後もまた痰と鼻水が詰まって目を覚ますことになりますが、それまでの僅かな時間ながら、この夜初めて睡眠がとれたような気がします。その後もベッドと洗面所の間を何回も往復し、そして夜が明けました。
この旅で唯一ブログを更新出来なかった日。その前夜のこれが出来事でした。

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